タネノオト 〜ヒヒキ マノスヘシ

カタカムナ相似象 宇宙の理・イキルにただいま寄り添い中

自分はそんな存在でありたくないから、振動を変えよう。

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笑ってるシーサー

 

影響されやすい私はこんなことに励まされる。

笑っているシーサーが振動してるぞ!と思って撮った一枚。

 

このところ何かを急に気になり出したりして不安定。

凸凹電車に乗っている感覚があった。

見えない世界で感じていることと、現実の世界のギャップというか

あぁ  それ そんなふうにするんだ とか

あぁ  それ 隠すんだ とか

あぁ  それ こういうふうな展開になるんだ とか

あぁ  それ えっ そこなの?? とか

幸せだなぁと心から感じていたのに、えっ そうなの?? 

 

順調のようで、立ち止まれ が来る。

そして、梅雨時の分厚い雲が付きまとう。

 

そんな時、自分を大切にしていないことに気づかせてくれたのは「友人の涙」だった。

 

私のことをあまり知らない方が近寄ってきて色々といい話を持ち込んでくれた。

大きな舞台を準備してくれる様子に周りはハラハラしていたと思う。

一緒に話を聞いていたスタッフは

「この場だけで終わらせたほうがいいです」と言う。

私の心もそう響いていた。

けど、相手は大物のプロデューサーで、断るにも断る覚悟がいる。

 

同時に、私のことをよく知ってくれている方から

学校関係の場で話をしてもらいたいという、ありがたいお話をいただいた。

彼女は

「そのままでいい。いつも話してくれているその話をしてもらえたらいい。

 いつもの話をいつものように話してください」と。

 

 

そんなことを、友人に話した。

彼女は、「種の音」の冊子を読んで

私の「言葉の振動」を遠くに飛ばしたいと言ってくれた人。

物語を書いて欲しいとお願いされ、この冬、物語を書いたばかりのタイミング。

その彼女がこの話を聞いて、涙を流しているのを見て

「自分を大切にするということ」を教えてもらった。

「残したいものは何なのか」に尽きるなぁ。

生み出したい振動は何なのかに尽きる。

 

自分がぶれ始めた時に、決まって電車は凸凹道を歩み始め、

次元は変な展開に突っ込んでいく。

そうすると、変な話に巻き込まれ、自分の思いとは裏腹の世界に辿り着いたりしてきたんじゃなのか。今まで。学ばないなぁ。

 

友人の涙を目にして、自分を大切にすることは「自分が発したもの」を大切にすることだと繋がった。

うまく言えないけど、振動は「私」であり「私」じゃないんだよね。

私の発した振動を大切にしたいと言ってくれる人たちの中で

私の発した「もの」を使って自分を大事にすると言ってくる人たちが居た。

ということなのだろう。

 

人の嘘も

自分が嘘をつかれる存在であることを振動させている証し。

そうじゃない。

自分はそんな存在でありたくないから、振動を変えよう。