世間の認識が当てはまらない自分であることは全ての認識を許すことができることにつながる。
みんなで 幾何学を工作してみました。
ベクトル平衡体と六芒星の組み合わせ
ですが、なぜか、最後の下の三角形をつけたくなくて…。
周りの人のお手伝いは多いにしたのですが
自分の席に戻って はて つけようと思い何度も手が綿棒に伸びるけど
ボンドに手が伸びない。
これ 幼き頃によくありました。
だからといって、それが何か別のゴールに向かってみたり
あぁ つけなかった理由はそこにあったのかっていう展開になるわけではないけど
気分的に頑固ちゃんにぶち当たると テコでも動かない。
今だと 大人だから
なんとなく、ふんわり黙ったまま、そのまま素通りしてことなきを得ることができるけど小さな頃はそれが難しかったです。
一番顕著だったのは祖母の葬儀。
母方の祖母が嫌いだったわけでも 何か確執があったわけでもなんでもないけど
どうしても 行きたくなかった。
絶対に行かない、と自分で決めて 母に告白。
その夜は一悶着でした。
学校の担任の先生からも電話がかかってきて
「おばあちゃんのこと嫌いだったの??
なんで出たくないの??」に無言の抵抗。理由などないのですから。
母は、何が何でも学校に行くと言い張った制服を着ている私に
ランドセルを背負わせ葬儀場に連れて行き、そこから、学校へと登校させてくれました。
あの不思議に頑固な感じはいまだに自分の中に存在しています。
潜在意識に刷り込みがあるとしか思えない、
どうにもならない心の中の決定事項。
そこには、罪悪感も申し訳なさも全くなかったことを覚えています。
自分の中ではプラスもマイナスもなくそのことに対して全く判断が介入していなかった。
心が生き物です。
捉えようのない、あるがままの生き物で
心が育つことが、成長なのだと感じます。
幸い 私には私の突拍子もない心の決定事項を頭から否定する親はいませんでした。
両親とも、仕方がない。言うこと聞かへんから。で、簡単に終わらせてくれていたような。おかげで 言うこと聞かへんことが、自分を守ることだと潜在意識に刷り込まれていたのかもしれませんし、また、これが私の潜在意識を守り続けてきたコツだったのかもしれません。
親の言うことを聞かない子は、自分の子供も言うことを聞かない子になる。
よく、叔母に言われました。あんたは子供で苦労するわ。と。
けれど、それもそんなことなく、
我が娘は私の存在など全く関係なくすくすくとお育ちになられ
自分で自分の道を決めて生きています。
世間の認識が当てはまらない自分であることは全ての認識を許すことにもつながります。
多面体はあの頃の私を思い出させてくれました。
自分でさえ 何故なのか説明できない心の決定事項を
まごうことなく明らかにしていたあの頃。
丹波のお山の方に、立ち戻れと言われたからかもしれません。