たねのおと 〜neverLand

つながる振動数。タネの響きを言葉に代えて。

「不思議な感覚」 言葉にはならない何か。今、なんとも言えない感覚が生まれ始めています。

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こんにちは

ご訪問ありがとうございます。

 

帰ってきました。

昨日の夜。

今朝は大雨で、びっくりしましたが、それも束の間。

あっという間に、太陽が戻ってきました。

写真は、昨日の朝日。

 

沖縄最終日の昨日

撮れてなかった写真を撮りに、借りた軽バンでチャーッと駆け抜けました。

気になっていた「山田グスク」

到達できたけど、何やら、不思議に難しい雰囲気。

だったので、お邪魔せずに、風の吹き抜ける場所へ。

 

当初、宮古島から久米島へ行く予定でしたが、

取りやめて、沖縄本島に立ち寄って良かったです。

かなり、肉体的にも精神的にもハードで

ゆったり、ゆっくり、過ごせた上に、

「相似象」に繋がる大発見もあったりで、

全てに意味があるのだと、改めて感じたような流れになりました。

 

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最終日に撮ったザワワからも

 

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海と空の境界面からも

 

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透明感あふれる、蓮の花からも

 

立ち上る ティダ 太陽のチカラ。

 

覆い隠すものがない場所には

そのまま、ありのままの、天然自然のエネルギーが降り注ぎます。

 

現地の情報によると、(笑)

今朝もぴーかん太陽サンサンらしく

羨ましい限り。

 

 

 

今回 6日間で 2000枚近い写真。
どれもこれも 強い太陽の光を感じさせる写真ばかりで

嬉しくなります。

これをどんな風にシェアできるのか、模索中。

デジタルになったことで、惜しげも無くシャッターが切れて、

みんなにシェアできることは、文明の進化に感謝する部分です。

 

 

 

宮古島に降り立った時には、知らなかったことを

沖縄本島滞在中に、宮古島がどんな島なのかを知る流れになりました。

あの島にある、鬱蒼とした重苦しいものの正体や、

覆い隠されながらも、しっかりと存在する実相。

それを、守るために、存在する人たちの思いや、

守っている人たちを応援したいと思う私の思いや。

様々なことを、自分の中に入れた時、

「原日本の縮図」が、何か今までとは違う形で見えてきたものがあります。

 

それは、ずっとずっと、幼い頃から 

私の生きるテーマになっている

「つながり」という部分でもあり

「つたえていく」という部分でもありました。

 

現象界に出ると、分化していくけれど

常に根底は同じで響き続けているのです。

それを教えてくれるための

日常を超えた旅。

うまく伝えられないけれど…。

どなたにとっても、それはそれぞれの形で必要だから体験したはず。

 

 

「体験する」という、貴重な体験は

決して、お金では買えない大切な積み重ね。ですね。

 

 

「不思議な感覚」
言葉にはならない何か。

水の被害が日本を覆い、形を変えようとしている今。

自分の中に在り続けた
本当に大切だったものが動き始めようとしています。

 

 

 

 

 

奇跡は自分が起こしているのだと思うのです。

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こんばんは

ご訪問ありがとうございます。

 

毎年 この時期は 沖縄ツアーを敢行していて落ち着いてPCに向かう時間も余裕もありません。

今年は特に、いつもの沖縄の滞在場所で、そこに在るプログラムに乗っかることなく

組み立て土台からの展開で、かなり肩に力の入った状態での数ヶ月。

コロナの影響で航空便が欠航になったことで、取り直しというようなこともあり、

向こうについても、実は、まだハラハラは収まりきらず。

とにかく終わるまで気が抜けない状態でしたから、

途中でインスタをあげよう、@ラインを流そう、FBに書き込みをしよう、と意気込んでいたけれど、あっという間に時間は流れ、たくさんの感情と思い出が詰まった数日間を今、噛み締めている状態でこれを書き綴っています。

 

天候に恵まれ、連日、太陽サンサンで、真っ青な空と真っ青な海の世界を堪能しました。

生まれたての地球はこんなだったんだろう。

そんなことを何度、心で感じたか。

自然に包まれるというのは、

自然体を、心で感じることができれば、

パワースポットと呼ばれるような場所でなくともいいんだ。とも。

 

人が入ることはあまりない、神聖な場所。

宮古島の神の存在する場所は、自分が「素直」であればあるほど
人が何を感じ、何を露わにしているのかが手に取るように解る場所でした。

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竜の目と呼ばれるこの場所。

波のザバーンという音ではなく、水の音が壁に打ち付ける音は、海に繋がるこの場所をさらに神聖な場所にしているような気がしました。人が入らないことで、さらにそれは深まり、
たどり着いた人は、その深さを享受できる器が広がる。そんな気がします。

そんな場所は、たいてい、厳しさの中に存在するような気がするのです。

長い地球創生を感じさせる溶岩のような石灰質のでこぼこ道を歩き続ける。
そんな厳しさの中、
ようやくたどり着いた火口のようなその場所で待っていてくれたのは
体験したこともない「奇跡」でした。

下見の時、台風が来ていたため、行ったことのない場所に、膝の悪い彼女を連れて行くのは、
無理かもしれない。

行けても、火口の入り口までではないかと。

杖をつきながらひたすら歩き続けた石灰岩の岩。


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到着した岩場で、
「ここからは少し大変だから、ここで待っててね」と。
内心、沖縄戦で逃げることのできなくなった女学生を置いて行く気分でした。笑

 

けれど、その数十分後、膝の悪い彼女は、
自分も行くと、固い決意で歩き出しました。

みんながサポートする中で、
みんなと同じ体験を共有。

あくる日には、杖がなくても歩けるようになった姿が。

 

これだけを聞けば、ルルドの泉の脇に掲げられている「松葉杖」のような話で、
ここにくれば、癒しが起き、治るんだと。
でも、それは、少し違うことに気づきます。
そこに行き着くまでに、
たくさんの葛藤と、たくさんの不安と、たくさんの嘆きと、たくさんの決意が
つもり積もっての、その先だったこと。

単純じゃないなぁと思います。
けど、それは、とてもシンプルで
形ではないことに、気づかせてくれます。

つまり、トキは積算だから、
「これを唱えれば必ずそうなる人」と
「必ずしもそうはならない人」が表れでてくるということ。

それをする前の自分の時間がものを言うわけです。

そして、それをしない自分の時間も積まれて行くわけです。


だから、
奇跡は自分が起こしているのだと思うのです。

 

宮古島の4日間は、私にとって、最高に特別な4日間でした。

ツアー終了後、流れのように滞在している沖縄本島で、
時には、一人沖縄を楽しんでいる私の目の前に表れでた竜の顔のような雲。
(一番上の写真)
いつでも、どこでも、見てくれている。

あの時の、竜の目はいつでもどこでも感じることができる。

 

人のいない座喜味城址で、ひたすら風に吹かれながら

次のステージを祈りました。

この世界が、広がり続けますように。

 

イノチのシフトアップ

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こんばんは

ご訪問ありがとうございます。

 

毎年、この時期に沖縄ツアーを企画して

3年目。

今年は 宮古島に来ています。

ツアーは明日からなのですが、

レンタカーや、事前の打ち合わせなどで前乗り。

ものすごい揺れの中、宮古島に降り立ちました。

 

那覇を経由しましたが、那覇は大雨。

 

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雲の上は、青空ぴーかんなのに。

 

そして、頼まれていたお土産を買いに、那覇空港国際線ターミナルに。

当たり前のように、臨時休業していました。

コロナですもんね。

 

でも、自粛解除で人は増えているような気がします。

 

それにしても、今日 何回 熱を計られたんだろうか。

宮古島は、降りるときもサーモグラフィで計測です。

熱があると入れないのです。

コロナを宮古島に持ち込まないための水際作戦ですね。

昨年来た時とは、大きく全てが変化しています。

 

まず、人が少ない。

そして、外国人がいない。

店がやっていない。

 

当たり前だと思っていたことが当たり前じゃない。

いや

当たり前じゃなかったことが、当たり前のように。

開催できただけでも。

 

311のときも感じましたが

それが起きる前の時代には戻れない。

じゃなくて

戻らない。

 

体験するとはそういうもの。

 

7月1日。

 

毎年、この時期に沖縄ツアーなのですが

不思議と、セドナに、毎年通うように行っていたときも

この時期にセドナに降り立っていました。

毎年、毎年、この時期にどこかに降り立っている感じで

何かあるんだろうなと思います。

 

来る前に、今回お世話になる方に

「テーマはなんですか?」と問われました。

考えてもいなかったので、少し戸惑いました。

ただの沖縄ツアーぐらいにしか考えていなかったので。

 

で、考え始めたのです。

 

6/21 夏至新月に日食が重なったあの日から、

7/5には満月を迎えます。

7/5は宮古島から、みなさんが帰られる日。

 

その問いかけのお答えに、

 

「再誕生」や「気持ちを切り替える」などのテーマを感じています。

伊良部島で 再誕生 そして、これからの皆さんの人生の出発点になる魂の故郷的な場所があれば お連れくださいませ。」

 

と  自然に、返信していました。

 

了解しました。伺ってよかったです よくわかりました ^^

 

と それだけのお返事が。

 

展開の旅は、いつも、こんな風につながっていくことを
今までも何回も体験してきました。

 

多くを語ることもなく
その場に降り立つと、想像以上のものがそこに存在して
後から、自分の人生には、なくてはならないターニングポイントだと気づく。

そんなことが、今までもなんども。

 

今回もきっと。

 

雨がホテルの窓を叩いています。

それでも、雲の上にはあの青空が。

 

参加される方の

そして

愛知で見守ってくれている方々の

イノチのシフトアップになりますように。

雲の上にあるスカイブルーの存在を確かめられる日々になりますように。

 

そして、ここから

深いつながりと広がりが始まりますように。

 

そんなことを祈らずにはいられない今日です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

知らず知らずに刷り込まれていく未来を作る「タネ」が 愛あふれるものであるといいなと思う今朝でした。

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こんにちは

ご訪問ありがとうございます。

 

少し前の夕焼け。

 

今年になって

日中 溜まりきった疲れや電磁波をアースして土地に流すために

夕方から畑に出ることが多くなりました。

 

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イブキジャコウソウの間からワイルドストロベリーが顔を出します。

3年ほど前に植えた ワイルドストロベリーは収穫が目的ではなくて

グランドカバーとして、雑草が増えすぎないように植えたのですが

今では、雑草を覆い、茂りまくっています。

 

不思議に、夕刻、畑に出て、黙々と草取りをしていると

元気が復活してきて、土地のエネルギーの偉大さを感じます。

大地の上で休む。

穴居生活をしていた原始人は、自然に

偉大なる大自然の恩恵を受けていたのすね。

 

だから、ただ単に 作物を作る以上の意味が作物を作ることにあったような気がします。

 

古代的な読み解きをすると、

 

タガヤス

 

見えないエネルギーが見えない世界からやってきて

それがフルに満杯になっていく 

 

という意味であることから

まさに、耕すって 耕運機のみの意味ではないと認識できます。

 

 

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今朝、鳥の鳴き声を聞きながらなんとなく考えていたこと。

 

 

先のことばかり考えている人は

未来を確定して、そこに向かいます。

 

過去のことばかり考えている人は、過去の現象の波動を断定して

その波動を未来に投影していきます。

 

「今この瞬間に生きろ」と言っても

この三次元の世界の「今」は、見えない世界でうごめいている、

つまり前駆しているものの残像であるため

「今」はこの瞬間ではなくて、見えない世界にあるのだと知っているモノは、

未来や過去、つまり、今のタネとなるものを

見えない世界に送り込んで、新たな前駆流を作り上げているような気がします。

 

引き寄せの法則

そんな物理現象から説かれたものだと思います。

 

すでに 回り始めているところに

先のことばかり考えて取り出したモノや

あるいは、過去の中に存在するもので断定したモノたちを

私たちはどんどん どんどん 

知らず知らずのうちに、見えない世界に放り込んでいる。

 

そんなことが

だんだん 理解 認識できていくと

 

不思議に

前駆流して流れている、

なんとはなくの現象化への「兆し」みたいなものがわかるようになってくるものだなと。

 

レオナルドダビィンチが残したと言われる有名なことわざ

 

「機会(チャンス)は前頭だけに毛髪があり、後頭ははげている。
もしこれに出会ったら前髪を捕えよ。
一度逃がしたら、神様でもこれを捉える事は出来ぬ」

 

なんとなく 時の概念として

幸せと感じるものを作り上げているものは

今という概念より少し先走っている「モノ」の中に存在していることを

ダビィンチは知っていたのじゃないか。

だから、

前を捉えることを伝えてくれているのではないだろうか と。

 

 

知らず知らずに刷り込まれていく未来を作る「タネ」が

愛あふれるものであるといいなと思う今朝でした。

 

 

 

 

 

 

変わっていくものを絶えず感じながら 変わっていく という変わらない実相を受け取っています。

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こんばんは

ご訪問ありがとうございます。

 

昨日の 夕焼け。

 

仕事で、京都に出ていました。

その帰りの夕焼けを、スタッフが撮ってくれました。

県をまたいでの自粛解除で、高速道路もようやく割引が効くようになり

かなりの車の多さでした。

コロナリセット前に戻りつつあります。

 

 

 

とにかく 果てしない忙しさの極致で。

なんと 今月の更新は4回目。

あっという間に1日が過ぎて

というか、

2月からあっというまの今日で、

頼まれごと、やらなきゃいけないこと 山のようにで

あぁ 不誠実キマワリない感じになっています。

 

が、

 

時間が足りないのです。笑

 

 

様々な準備も、下ごしらえも全部中途半端な感じなのですが

まさに 誰かの言葉を借りるのではなくて

今の自分の実力を試されている感じです。

 

 

愛知についで、京都と大阪の講座が始まって

テキストをみんな同じにすればいいのに

地方地方に色があって、バラバラに対応しています。

京都は、神道チックだし

大阪は、物理学チック。

そんな風にしてるから、毎週毎週、時間との戦い。笑

 

 

 

数年前にこんな風になるとは思っていませんでした。

 

 

 

人間関係では、かなり殺伐としていたし、

偽りの多い、心のない空虚な感じの中に居たこと

今だから わかることです。

 

 

それでも、あの当時はそれが全てでしたから、気がつけなかったのですよね。

トンネルの中にいると、気が付けないことが多いです。

時間がありましたから、余計なことばかりで

今は、大切なことも手が回らないのですから

余計なことに触れることもない。

忙しいって心を忘れると書くといいますが

いいや、時間がないことで 優先順位が決まってくるというか。

 

 

そして

思います。

 

 

自分で決めなくても、全ては決まっていたんだってこと。

 

 

 

だから、最近は

結果へのプロセスの中にいることを、ちゃんと認識して選択しています。

未だ見えていない世界のための「今」であること。

何よりも

この決定が全てじゃないっていうようなこと。

つまり…

 

ずっと、同じものなど 何もないのだ。

 

ということです。

 

変わっていくものを絶えず感じながら

変わっていく という変わらない実相を受け取っています。

 

 

 

昨日の京都では

講座終了後、建物の外に出た途端

生徒さんが、「日食のピークを迎えそうですよ」と教えてくれて

みんなで、道路に並び、

新月夏至と日食が重なる瞬間を盛り上がって迎えました。

 

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携帯のカメラにサングラスをかけさせて撮った一枚。

太陽が少しだけ形を変えているのしかわかりませんが

何より、この写真には

あの時の声も色も香りも染み込んでいます。

 

隠れていた光が戻る生まれ変わりのタイミング。

ひとりじゃない、たくさんの仲間と共にいられたこと、

今までとは、少し違う幕開けを、確かに感じた瞬間でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「切り替わりの時」 断捨離の根拠。

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こんばんは

ご訪問ありがとうございます。

外は大雨。今日は入梅ですね。しっかりと雨が降っております。

 

9月に開催予定のイベントに出展していただくために

愛知県の小牧市へと伺いました。

 

カラーセラピーの方と算命学の方。

 

 

 

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実は朝、とってもいい天気で、

サロンに一歩足を踏み入れた時、

「あ、何かが違う」ってふと、思ったのでした。

大物のカーペットを洗濯をしだして、

これまた、本を左から右にスライドした時に

フーッと風が吹いたのです。

その風につられて、自分の部屋の中をじっくり見渡して

人に会いに出かけなきゃいけない「今日」なのに

衝動行為で早朝5時半からゴミ袋を片手に断捨離をはじめてしまいました。

 

なんてこと!!!! と 思考の自分は訴えるのに、やまら無い

この手は次々と本棚から本を出しては

書きかけのノートを破り捨て

絶対に読まない本を片付け、汗だくに。

 

そして 出かける予定の15分前に終了。

慌てて化粧をして、車に乗り込み

朝ごはんも食べていないことに気がつきます。

 

あー なんてこと。

 

けれど、なんだか 気持ちまでとっても新しくなった気がしたのです。

というか、そうしたかったのだと思います。

 

不思議に 6月20日が分岐点と勝手に思い込んでいる節があり、

残りの10日はフライングしてもいいし

流しで遊びながら少しずつ進んでもいいし、みたいな

そんな感覚があって、

20日までに、目につくものを全て処理し、そこからは、猛ダッシュで今年をやりきろうという

不思議な感覚が渦巻いていた6月の始まりでした。

 

そんな中で出会ったお二人からしっかりと受け取りました。

 

「切り替わりの時」

 

 

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今年の4月に、超有名な占い師さんと偶然お会いするご縁がありまして

鑑定していただく流れがありました。

 

これから広げたいものがあったのですが、彼に伝えられたことは、

「今年と来年はあまり良く無いから何事も手を出してはいけません。」

あちゃーって感じでしたが、ピンとこず、

このご縁は必要ないものダッタと勝手に思い込んでいました。

けれど、今日、お会いした方々は、そうよ、

確かに、よくない年回りだけど、「だから 何?」の境地。

昨年まではどうだったの?と聞かれ

人間関係もあまり良くなく、廻りは悪かったことに気づき

それを伝えたら、

「であれば、この転機はチャンスですよ」と。

 

何事も、机上のもの、だけを頼りにしていては、鑑定にならない。

その人の流れを見て総合的に捉えないと、見えてこないのだとか。

流れが悪く来ていれば、今年の転換期や充電はとても大切な時間であるとのこと。

この2年をどう過ごすのかで、このあとくる「盛り上げの時代」に咲く花の数が変わる。と。

 

天中殺も天中月も何も怖いものなどないのですよ。

だったらどうすればいいのかを考えればいいだけだから。

 

この言葉に、共に目指している方向性が同じであることを確認しました。

 

 

おかげで、4月のあの鑑定も、なんだ!!私を見て言われたのではなく

私のデーターを見て創り上げたものだったのだということに気づきます。

結果、それも、必要不可欠な私の時間軸だと気づきました。

 

 

 

色も響きも、様々な時間を共存させています。

選んだモノと、伝えられたモノが、見事にリンクして

朝から、断捨離していた根拠をお知らせしてくれるのです。

 

切り替わりの時

 

邪気を遠ざけ無邪気な子供の心で、普通じゃない生き方を選択してきたことを

思い出させてくれました。

 

 

素敵なお二人は共に9/22のイベントに出てくれます。

内容の詳細は、イベントのホームページで掲載します。

 

Heart Festa    

www.heartfesta.com

 

 

 

 

「今」というのは 不連続なものの連続

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こんにちは

ご訪問ありがとうございます。

 

グラウンドカバー用に数年前に植えたワイルドストロベリー

ようやく 絨毯のように広がってくれて、今年は雑草の繁殖が抑えられているというか、

雑草のようにワイルドストロベリーが育っているというか、

助かっています。

 

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こんな風に広がるとは、想像もつきませんでした。

なんとなく 植えた20株ほどの苗が

今や所狭しと柿の木の下で大きな葉を我が物顔で増やし続けてくれています。

 

最近、昼間、電気機器に触れ続けていたり

または、人にあって、マイナスの思いを受け取ったりした時

夕方から畑に出て、ひたすら草抜きをすると

不思議に爽快になって、気がついたら19時を過ぎていたということがなんども。

地球ってアースと言いますが、

土は自分から漏電している電気を地球にながしてくれるアース線ですね。

そのおかげで副産物が山のように。

今年は

スギナも、どくだみも、よもぎも、お茶にできそうです。

 

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いそがし続けた時間を通り過ぎて

少しだけ 和らいだ世界の中に今いるのに、

いそがし続けたからか

気持ちだけが、焦り続けている こんな日常です。

 

そんな時に

「今」というのは 不連続なものの連続なんだよと 教えてもらいました。

 

今 今 今に生きると言いますが

その今は 固定してしまっている「過去」とつながっていて

その過去に強く影響を与えられている「今」を生きていることなんだよ。

トキがつながっているのは 本当のスガタではなくて、

その実、トキというのは、現地点にしか表れ出ていないのだ。

「過去の一点」と「今」という現地点を繋いでいるものかあるとしたら、

それは、「記憶」というもの。

過去を固定してしまっているのは「記憶」という脳のメカニズムで、

その記憶というものが、「今」に影響を与え感情を生み、

その感情によって「今」は感傷的にもなり、苦難にもなり、

喜びにも満ち溢れ、悲しみに淘汰される。

それには、連続性はなく、瞬間瞬間、新陳代謝を起こし

今が起きてきていると考えると、

そう考えると

「自分に干渉が湧かなくなる」と。

その方は言いました。

 

3歳や5歳や10歳の自分と今の自分は本当に同じ人物なのか。

もしかしたら、全く違う人物なのかもしれない。

 

とこの辺りで

私の頭がフリーズ。

不思議世界に入るのをためらう何かが存在します。笑

 

今の感情と記憶の中の感情がどんな風に結びついて

どんな風に作用しているのか。

複雑な世界が存在するような気がします。

 

 

今、理解できるのは

 

「いそがしすぎた時間」という私の記憶の中に、

焦りや恐れや苛立ちという感情の記憶が積み込まれていて

その固定化された過去の塊が

今の私に作用して、和らげないということ。

そして

今 今 今 という 非連続性のものが連続している世界だと気づけば

そこから抜け出せるはずなのに

なかなか それができないということの2点。

 

まだまだ、頭では理解できても、感受能力が追いついていかない私です。