岩国天神社
随分放置してありました。
その間に季節が変わりました。
10月も終わりですが、
8月からあっという「マ」に時間が過ぎてしまいました。
沖縄・東京・京都・奈良・大阪、そして愛知
この6つを行ったり来たり、
「忙しくて」という言い訳の最後がこの岩国天神社。
ようやく、しばらく家に滞在して、
今、自分に起きていること、フトしていることを味わえる時間が作れそうです。
大阪の生徒さんが、教えてくれた不思議な神社。
その場所のことを伝えてくださる方に会えるといいます。
是非にとお願いして、決まった日が
一週間あちこち飛び回る最後の日でした。
カタカムナの聖地だと言われるその場所で待っていてくれたのは
確かに、
普通の中にカタカムナを混在させて、それとは言わずに語るひろこさん。
10年間
その場所をずっとお掃除し続けてきたのだとか。
不思議な様相に初めは驚きましたが、
3時間ほど経つと最初に語られていたこととは少し趣を変えた
本当の気持ちを伝えてくださいました。
「宗像三女神が大事だと言われる方がいるのですが、それはどうなのでしょうか?」
神様のことをずっと聞かせていただいていたので、
そんな質問が最後の最後に参加者の中から飛び出しました。
そのお答えに
「私はね。
神様が人を動かしたりはしないと思うの。
人間界のことには干渉しないと思うの。」
それは、ずっと私が抱き続けた信念のようなもの。
確かに、神がかり、神の名前を伝えられる人もいるでしょう。
それは事実であり、その方の真実でもあるのだろうけど、
私は、今回の人生、自分で生きていたいと思い続けきましたから
この方のこの言葉は響きました。
「自分であり続けたい」
そう思っている方がここにもいるのだなと。
見えない世界も見える世界も、
風のように揺らいで、行き来できる普通の感覚でいたいと。
磐座が点在する神社の中で、
大きな岩の上に横なって空を見上げたら、
昼にも関わらず、木々から漏れる光。
それはまるで、たくさんの星が瞬いているように見えました。
宇宙からの宇宙線は、こうしている私の上にも
降り注いでいて、何かを変容させてくれている。
古代の人たちも、
きっとこんな風に空を見上げていたに違いない。
精神文明の中心になると言われている東経135度ライン。
精神文明の中心地を選んだら、それは物質文明になってしまう。
そうではなくて、
精神文明が花開いたら、物質世界で東経135度ラインが
中心になるという意味ではないかとひろこさんは伝えてくれました。
私たちの精神的な生命エネルギーが
さらに高まり、「ア」と「イ」が結びつき
自分の中に精神文明の中心点が顕れ出た時、
どこも穏やかで美しい世界が広がるのでしょうね。
ここで感じた、鳥の声や、風の音のような。