タネノオト 〜ヒヒキ マノスヘシ

カタカムナ相似象 宇宙の理・イキルにただいま寄り添い中

体験=波動量。 新たな振動は、新たな体験から。 今今今 今の発生。

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昨日は「ぜんざい」で今日は「味噌煮込み

毎日のお昼ご飯です 笑

 

今日の味噌煮込みうどんには

春の七草を入れてみました。

 

七草煮込みうどん。

 

なかなかいけましたよ。

 

名古屋といえば「味噌煮込み

出身は大阪なんですけど、こちらにきた時には全てが「みそ」で驚きました。

今のように、地方と全国の境目が、どんどんかき消されて一体化していた頃じゃなくて

もう少し地方が地方色を個性化していた時代。

赤味噌も苦手だったし、うどんが味噌汁化していることも苦手だったし

とんかつに甘い味噌かけるのも苦手だし

甘い卵焼きも苦手でした。(こちらは今でも苦手です)

 

自分の育った街にいた時間より

今、住んでいる場所にいる時間の方が長くなりかけた頃

味噌煮込み」が普通な感じになりました。

 

 

体験は波動量 なんだそうです。

波動量が増していくと、伝わるものも 伝えられてくるものも

たくさんのものを処理できて

たくさんの感受性を受け取れる。

 

日々の体験を増やして 波動量を増しまして行きなさいって言われました。

 

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確かに。

 

昨年の体験の数は目を見張る感じで

外側に外側に進んでいきました。

 

訪れたり、会話をしたり、乗ってみたり、登ってみたり、

歌ったり、滝に打たれたり、そんなことって心に残ります。

 

思い返せば

踏みしめる足元の下の草だったり

その時の香りだったり

踏みしめた「おと」だったり。

こういうひとつひとつ が 自分の波動量を高めていくのでしょうね。

 

増大していくその振動が

さらなる振動に絡みついて、新たな「何か」を指し示していく。

 

難しいけど、つまり

どんどん 違う自分に慣れていくということですかね。

 

 

昨年の2大びっくりは 

ドイツとイスラエル行きなんですけど

どちらにしても、それは

カタカムナ」という古代文献の学校に行かなければ起きてこなかった話。

まあ この学校に参加することで

今まで自分が使っていた都合のいい思考回路から

ポーンと切り離されたわけです。

 

「過去の振動を全て断ち切る」

 

今まではこうだった。

こうした時にはうまくいった。

これは失敗だぞ。

自分にはこれしかない。

全部 過去の実績に照らし合わせた今。

つまり

過去の振動でまた未来も振動させようとしてる。

 

あれっ??

変化したいんだよね。進化するんだよね。

 

「この道の先にあるもの」を探してきたけど、

今まではね

この道の先に何かあったかもしれないけど

もしかしたら、今はもう ないかもしれないよ。

その わけのわかんない「期待」を捨てよう。

 

過去の振動を全てなきものにしてやる。

そうすれば、

今まで見たこともない 聞いたこともない

自分が誕生するんじゃないかって。

 

そんな風に感じて

遂行、体験してみた。

結果、過去の振動を全て消し去れるものじゃないという結論が出たけど
それでも その体験は
私の波動量を大きく進化させてくれるものでした。

 

体験=波動量。

 

新たな振動は、新たな体験から。