たねのおと 〜neverLand

つながる振動数。タネの響きを言葉に代えて。

春。桜とともに、もっと深い場所で誰かとつながります。

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 桜が満開です。

 

この季節は嬉しいですね。

 

ほんと ぼんやりしてしまうぐらい

うとうとしてしまうぐらい

気持ちいい。

 

年度も変わりますね。

 

なんだか全部新しくなるような感じで、それで嬉しくなるのでしょうか。

 

この間、久しぶりにこのスペースを支え続けてくれて来た人と

長い時間話をしました。

 

昨今のこと。

これからのこと。

昔のこと。

初心の頃のことを伝えてくれました。

こうして、足元を見つめ続けてくれる人が周りにいること。

本当にありがたいことだと思います。

年度末を迎えて、また 新しくなる前に、

神様はこうしてこんな機会を与えてくれるんだなぁ。と思って。

 

ここ数年 いろんなことがあって、いろんな風に変化して来て

多くの方を見送って、多くの方をお迎えして

自分に求めることが多くなったせいか、楽しくなくなってきてたり、

意図しないことや、あるいはそれぞれの勝手な思い込みや誤解で

違うのになぁって思いながらいたりしたけど

結局 そのこと自体は、自分には関係ないことに気づきました。

 

そう、自分に必要なことは、

「人のことを気にしている自分」はもう必要ないってことだけ。

 

誰がどんな風に言っていたとしても
勝手な解釈で誤解していたとしても

それって自分でどうにかできることじゃない。

説明しても それは説明にはならなくて言い訳や保身にしか

捉えられなかったりすることもあるし。

そういうのが、実はもう面倒だなって思ったりもする。

 

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相手の気持ちを知るには近づきすぎてはいけないなって

最近よく思います。

 

素敵につながりを続けて行きたいから

距離を大切にしなきゃと思うのは

近づきすぎて大失敗したことがあるせい。

 

 

人間関係って

つながりって

「距離感」がものすごく大切。

自分に誠実であるためには

大勢の方と深い部分で出会うことって難しいよなって思えてします。

 

 

深い場所で出会いたい。

深い部分でつながりたい。

そう思わせてくれる人たちはいっぱいいて、

でも、そんなにたくさんの人を同時に大切にできそうもないこと、

残念ながら、そう

自分は不器用だったんだって、昨年気づきました 笑

 

人と人の繋がりはどちらかが一方的に決められることじゃありません。

 

お別れも

双方が選択したことで成り立っていくもの。

切られた 繋いだは一方的だけど

それさえも、双方が見えないところで選んだことで成り立つものです。

その背後に隠れているものに気づかない時だけ

いつまでも 切られたと恨み節になってしまいます。

 

年度末。

新しい自分にスタートダッシュかけたいですね。

 

そう書きながら、

細胞の髄まで進化したいのはこの私かもです。

 

 

この春。

大切な人と大切な時を、

世界との調和を作り出すことのできる

強靭な魂を奮い起こします。 

 

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